「松阪から四季 納豆の如く」                  



納豆職人 奥野 敦哉
「第六章 オーダーメイド納豆エピソード0」

今月は納豆専門店としてのもうひとつの顔「オーダーメイド納豆」について触れていきます。本題に入る前にまず私の修行時代のことを触れなければなりません。私は納豆屋の実家に戻り家業に入る前に「珈琲職人」の修行に打ち込んでいました。昨年本誌連載をされました東京葛飾の気合豆腐埼玉屋本店あるじさんは豆腐屋家業に入る前に蕎麦職人として蕎麦通なら誰もが知る浅草の老舗蕎麦名店で活躍をされていたとのことですが、私の場合はコーヒー専門店「珈琲館ばるばど」にて珈琲マスター修行にいそしみ、自分を構成する大切なものを教えていただいたのです。今の自分が歩む人生を好きに思えるのはこのお店、我が師お二人のおかげと感じています。

東京地下鉄丸の内線の新大塚駅前にある「珈琲館ばるばど」は都心オフィス街に位置しながらもプロフェッショナルな質の高いコーヒーがお手頃な価格で楽しめる老舗喫茶店で都内有数の名店といわれています。名店といわれるゆえんはコーヒーの味はもちろんなのですが、そのサービスに秘密があるのです。それは・・・繁盛する店内において大勢を占める常連のお客様への接客に味があるのです。お客様によってはコーヒーにフレッシュミルクを使わない方やシュガーを使わない方、片方だけ使う方などそれぞれのスタイルがございます。それを個別に全て憶え込み、お客様のお好みのサービスを心がけるのです。例えば、コーヒーと一緒にミルクピッチャーをお持ちしてシュガーポットのフタを開けるのを基本とするならば、ミルクは使ってシュガーを使わないお客様には"コーヒーをお出しするときにミルクピッチャーは出してシュガーポットのフタは開けずそのままに"し、シュガーだけ使ってミルクを使わないお客様には"ミルクピッチャーを持たずにコーヒーだけをお出しし、シュガーポットのフタを開ける"のです。他にも薄めのアメリカコーヒーしか飲まれない方、ブルーマウンテンだけのお客様などは何も言わずカウンターに座るだけでOK!"いつもの"が出てくるのです。お客様自身のためだけのサービス、これにより盛況な店内のはずなのに誰にも邪魔されない自分だけの空間・居場所が確保されていくのです。心地よい常連性(連帯感)が醸されるのはお客様に「自分のことを解ってくれている」と安心していただくからです。
お店の写真は松阪の写真作家ミスズ写真館 安田芳史氏に撮影をしていただきました

その後納豆屋となった私はこの「お客様との心地良い連帯感」を大切にしたかったのです(ここで言うお客様とは末端消費者ではなく販売小売店それも個人で頑張っておられるお店のことを指します)。つまり何かお店さんと一緒にやりたいと思うようになっていたのです。

相手の身になって考えますともし自分が個人小売店をするとしたら、自分のお店だけの武器(自分のところでしか手に入らない商品)を並べたいと考えます。それならばそのお店オリジナルの納豆を考えることをやってみよう、それもそのお店の"のれん"を一緒に護り通せる質の高い"パートナー納豆"を。
埼玉屋本店様 「気合納豆」 はラベルも大豆もオーダーメイドです

パートナーのお店はいつか出会えるだろう、問題はプライベートブランドを展開する時のロット数だろう、という風に心は突き進みます。ロットの問題・・・それは最小契約量が多く、負担となることです。ラベルや容器など包材何千個、何万個という数字として重くのしかかります。また、製造工程でのロットという問題もあります。同じ工程のものを中身に使うのはラベルの問題だけですみますが中身も違うものにするのならばその製造工程ロットの問題も出てきます。これは毎回に注文する時の最低注文個数の量にかかわってくるからです。もし毎回余分数を引き取らなければならないとしますと負担は莫大になり続けられません。それでも契約量分は消化しなければならない・・・うかつに手は出せないでしょう。それでも巷では消費者の目が肥え始め、各チェーンスーパーがPB商品で勝負をかけてきたPB全盛期が来ます。そのロットリスクを背負ってでもプライベートブランドを作る効果・必要性は高かったのです。

しかし、それはチェーン展開を行う大きな企業だからこそできることで気軽に誰もが作れるというものではありません。そして私が手がけたい方向性とも少し違います。やはり一緒にパートナーのお店さんと考えその商品を一緒に育てていく、可愛がられる商品を創っていくことをしたいのです。

そのためにはどうすれば良いか考えなければなりません。果たして小ロットでリスクを無くして個人で頑張っておられる皆さんと仕事が出来るのか?

次回をお楽しみに。

※ 「珈琲館ばるばど」は社長菅谷氏、店長大内氏のダブルマスターで切り盛りしています。新大塚の古アパートに下宿していた私は大学時代のアルバイトから目をかけていただき卒業後に正社員となり可愛がっていただきました。ちなみに「ばるばど」はポルトガル語で「あごひげ」の意味。
※ 気合豆腐埼玉屋本店様サイト
 http://www.saitamaya.net

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