「松阪から四季 納豆の如く」



納豆職人 奥野 敦哉

「第七章 オーダーメイド納豆エピソード1」
先月は「オーダーメイド納豆」に至るまでの心の推移、いうなれば"エピソード0"私のバックボーンを文章にいたしました。今月はオーダーメイドの納豆が出来上がっていくまでのエピソードの数々を綴っていきます。

ここでいう「オーダーメイド納豆」とは"パートナー納豆"のことでよく耳にする「プライベートブランド・PB商品」とは別のものです。皆様ご承知の通りプライベートブランドはチェーンスーパーが認知度のある大手メーカーブランド(作る会社に安心感)を販売する一方、スーパー自身をブランド(販売場所が安心感)とした商品開発で"有名メーカー品と同等の内容で価格がお値打ち"というお客様からの支持を得ること=他チェーン店との差別化をはかることに狙いがあるものですが"パートナー納豆"としての「オーダーメイド納豆」はもっと気軽なところに狙いがあるのです。オーダーメイド納豆は「流通の仕組みを既成概念を変えてみよう」とか「不景気生活を安値で支えよう・その上で商品の高利益も確保する」とか「ナショナルブランドを牽制して仕入値をさらに交渉しよう」というような難しいことは考えません。ただ「自分の生きざまはこうだ!」「ウチらしい商品ならこのスタイルなの」「お店の理想像はこれです」と主張するだけなのです。

そのようなオーダーメイド納豆のパートナーとなるのは自然食品店やお豆腐屋さん等の個人商店、地域に根ざした単独スーパー、カタログ通販や観光地・ホテル販売店などの特殊な流通形態をもった小売業の皆様です。それも「良いものをお客様に届けたい」「何か面白いことがしたい」「今までと違うことに挑戦したい」「こだわったものを扱いたい」と考えられているお店さんとの共同作業がこの取り組みの舞台となるのです。また実際、オーダーメイド納豆は商品企画も気軽で、もしプライベートブランドみたいに企画する場合に予想されるリスク・・・ラベルや容器の何千個、何万個という印刷ロットの多さをどのように解決することができたのかエピソードを交えながら書いていきましょう。

小ロットラベルの実現は平成8年、伊賀にある「モクモク手づくりファーム」さんの会員通販カタログ商品に「くろ〜い糸引納豆」という商品を送り出した時にさかのぼります。この納豆は当時珍しい黒豆の納豆でした。相棒の「モクモク糸引納豆」は白い大豆なのでお客様の支持を受ける自信がありいつもの商品開発と同様にラベルを印刷会社に依頼しましたが、こちら黒豆納豆の方は自信がありませんでした。モクモク内での深夜に及ぶミーティング、スタッフ「モクモク納豆はこれで決まりだけどもうひとつの方はどうする?」「同じような商品じゃ意味ないしなぁ」、それまでの開発経験に照らし合わせて
 

奥野「う〜ん・・・(沈黙・良いアイデアが浮かばない)」、モクモク専務も飛び入りして「奥野クン、挑戦だ!挑戦!今までにないアっと驚くものを創りなさい。売れることを考えるな。失敗を恐れるな!モクモクを信じろ!お客様を信じろ!」。喝を入れられた私はふと数週間前のことを思い出します。「そういえば、天然塩を造る職人さんと話しをしたっけ。それと何か組めないかな・・・そうだ!この前黒豆を大豆屋さんからもらったっけ。それを納豆にしてみよう。スイカみたいに塩ふりかけて食べよう。」。スタッフ「それ良いな。うん、考えればできるやん、決定!」。

奥野「あとはデザイン・・・(黒豆は面白いけど誰も買わないよ〜。数個しか売れないのに二万枚もラベル作れないやん。)」、青ざめる奥野を横目に専務「売れへんでもいいんや、挑戦!」そう言い残し立ち去りました。工場での私は少量ラベルのことで頭がいっぱいでしたが、黒豆納豆を試作し、成功。美味しいものができました。サッパリ味でしたので自然塩職人さんから頂戴した塩との相性も抜群。商品の内容は完成しました。あとはラベル!案が浮かばないまま数日が過ぎ、ふと事務所での会話「コピー機を1回使うとカウント料10円や!」と父の声。それがなぜか私の頭の中で「ん?コピーすれば10円やん。紙を3つに切ったら3分の1で3.3円やん!あれ?まてよ、色紙にコピーできるかな?やってみよう。」早速原稿をセットしA4のサイズにハサミで切った緑色の紙へコピーしてみました。見事写りましたので私は次にこう考えました「和紙にコピーすれば、コピーの字は墨字に見える」。文具屋さんに問い合わせると使い道ピッタリのコピー用和紙は存在し、さらに色のレパートリーまであるとのこと。色の選定は黄色にしました、古和紙に見えます。早速原稿デザイン作成に入り、完成後、黄和紙にコピーを行いました。3枚にカットしワラに巻きますと立派な納豆が完成いたしました。紙代を入れても1枚8円の納豆ラベルとなりました。つまり3枚からのロットで済むノウハウができたのです。
和紙コピー後のラベルです。
3枚に切りワラ納豆に巻きます。

納豆のワラ作業です
その他の作業にもノウハウは存在します。例えば釜をいっぱいにする最低製造量の確保です。チェーン展開で大量販売をするプライベートブランドならばクリア出来ますが、少量企画です、どのような多い製造をするオーダーメイドでも釜を満たすことは出来ません。このリスク解決には当店の製造パターンが寄与するのです。それは、釜作業パターンは大豆の品種で分かれる前にまず大豆粒のサイズで決め行うことで少量でもそれぞれの適した釜に入っていきます。当店ではひき割り納豆にはじまり大粒、小粒、極小粒、黒豆とレギュラー製造を行っております。つまり納豆専門店であるがゆえに各サイズがバランス良く製造されているのでいつでもどのようなオーダーメイドでも可能となるのです。このノウハウは地味ですが重要でパートナーのお店さんが最初に抱く"注文をする時に大量仕入れを強要されるのでないか"という不安を解きほぐすものとなります。

また、納豆は粒の大きさだけでなく大豆の品種特性によっても味はもちろん変わってきます。実は当店には全国から色々な品種の大豆が集まってくるのです。その大豆はそれぞれの農協さんから仕入依頼を受けたり、また個人農家さん、家庭菜園、学校での実習などでご自分で栽培された大豆を納豆に加工して送り返して欲しいという依頼もございます。これは色々な大豆の性質を体験するというとても貴重なサンプルノウハウとなっています。もちろん、オーダーメイドを行っている現在ではパートナーさんの指定大豆をサンプル試作いたしますのでその積み上げもございます。その性質は醗酵時に調整される際の重要な情報となっていくのです。

以上記載させていただいたようにオーダーメイド納豆は最初から確立されたものではなく、色々な取り組みを経験する中で試行錯誤して築いたノウハウが集まり初めて可能になったのです。ですので最初からオーダーメイドのために仕組みを考えて創ったわけではなく、気が付けばいつのまにか出来るようになっていたのです。

次回はオーダーメイド納豆がどのように定着していったのかに触れます。お楽しみに。

※ 全国的にアグリビジネス成功事例として有名なモクモク手づくりファーム。「モクモク通信・通販」はモクモクネイチャークラブ会員に向け配布される。栽培(生産)→加工→販売(飲食・サービスの提供も含む)まで第1次から第3次産業まで一貫する取り組み。終始、食の安全と農業の将来像にこだわっている。

公式サイトhttp://mokumoku.com

※ 黒豆納豆は健康ブームに乗り今でこそジャンルの一つとして認知されていますがその当時はめったに食べられない珍品としてのスタートでした。材料が黒豆なので黒豆納豆は商品価格が高くなり、それゆえに買うお客様は少なく、賞味期限が切れてしまえば高値の分だけ販売ロスのダメージが大きく、在庫を持つのが怖いのです。ですので黒豆納豆はあまり流通していませんでした。ウチの運が良かったのは受注生産のカタログ通販であったことで在庫不安を消すことが出来たのです。この作品は発注数こそ少なかったのですが当店の納豆開発への定評を創ってくれました。

※ これが最初となり小量の納豆(本来リスクが高すぎて手が出せないような納豆)を創ることも出来るようになりました。小ロットのノウハウは後に「伊勢ひじき納豆」「天然にがり納豆」「納豆ルネッサンスfrom松阪」という創作納豆を産み出しました。

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